Entame Theater

Episode 10



下にスクロールしてお読みください


*コラムは「交通界」様のご厚意で転載させて頂いております
*画像はイメージです

European DJ Carnival
横浜に届いた新しい波

 1983年3月のヨーロッパFM放送局探訪の旅は1カ月に及んだ。訪問した国は、オランダ、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スイス、スペイン等の10カ国に及び、訪問した放送局は約30社となった。
 しかし、「極東の島国」のFM局への番組の提供などに全く興味を示さない人もいるわけだから、情報収集は簡単ではなかった。それでも魅力的な放送をする放送局が何社もあり、興味を持ってくれる人も少なからずいたので、この1カ月の欧州ツアーでしっかりボリュームのある「ヨーロッパのFM局の資料」をまとめることが出来た。

 僕たちの計画はヨーロッパのFM局に日本のFM局向けのオリジナル番組を制作してもらい、それを日本のFM局で番組化してもらおうと言うものだった。フランス語DJによるフレンチポップス中心の音楽番組、イタリア語DJによるイタリアンポップス中心の音楽番組など、考えただけでもワクワクする企画だと思ったが、こういう番組を受け入れてくれるFM局など、「FM横浜しかない!」と言うのが、当時の感覚だった。

 FM横浜という放送局は、首都圏で聴くことができる2局目の民法FM局ということで、ターゲット層も「35歳以下」に絞り込むなど、FM東京との違いを際立たせた編成が人気を呼んでいて、「エフ横で番組を持ちたいスポンサーが番号札を持って並んでいる」と言われるくらいの勢いだった。そんなエフ横に、関西ローカルの制作会社が大胆にも番組の提案に赴いたのだが、実際にお会いした編成部長はとても紳士的な方で、こちらの提案に真剣に耳を傾けてくれた。何よりも、実際に現地に行き、現地の放送局の担当者と話をしてきた者が直接プレゼンしているわけだから、猛烈に説得力があったのだ。

 編成部長はヨーロッパのFM局から音楽番組という新境地を自分の手で実現したいと思ってくれたようで、「何らかの形で特番でのオンエアを検討したい」とのことだった。そこで我々は2時間くらいの特番の企画を立案することになった。その頃、ヨーロッパに同行した東京の有線放送「KTYO」のプロデューサーのマーク・ヘーゲンの元に、オランダのラジオ局のディレクターから情報が入った。アメリカの「ビルボード誌」のヨーロッパ版だった「Music & Media誌」によるヨーロッパ最大の音楽イベントがスイスのモントルーで6月に開催され、そこにヨーロッパ各国のFM局が特別ブースを作って、自国向けの放送をするという情報だ。

 我々が訪問したFM局も多数出展するようだ。そこで、我々はそのイベントにブース出展するFM局が自国向けに放送する番組を購入して編集し、フランス語、ドイツ語、イタリア語、オランダ語などのDJによる音楽番組「European DJ Carnival ’87 fromMontreux」という番組を企画し、FM横浜に提案した。こういう番組にFM横浜が興味を示さないわけがない。スポンサーも決まり、モントルーでの収録もスムーズに進み、マーク・ヘーゲン自身が番組ナビゲーターを務めて番組は仕上がった。FM横浜の事前PRの効果もあり評判は上々で、我々はFM横浜から「次の提案」を期待されるようになった。

 阪神ライブレコーディングの鈴木社長は、この番組の成功を機に阪神ライブレコーディングという社名を「株式会社サム・コーポレーション」と変更して、東京オフィスを設置することになった。僕は甲子社AVCからサム・コーポレーションに転籍して、東京駐在の営業マンとなったのだ。

 この「European DJ Carnival」という番組は、我々にとってヨーロッパFMラジオの「ショーケース」であって、これを足掛かりにしてこのヨーロッパFMの番組を特番ではなくレギュラー番組として売り込む事こそが目標だった。番組の供給元として有望なFM局もいくつかあった。
 まず、オランダはアムステルダム近郊のヒルヴァーサムという街にある「Radio Veronica」という放送局。ここは「ヨーロッパNo.1」と言っていいくらいカッコイイ放送をする。ロスアンゼルスの「Kiss-FM(KIIS-FM)」を凌駕するくらいDJの力量がすごい。僕としては「Veronicaの番組を日本で放送したい」という思いが一番強かった。オランダという国は音楽業界にあっては特別な位置づけにあるのだ。
 「ヨーロッパの音楽の中心地」というと、どうしてもロンドンを想像するのだが、実は「音楽情報の中心地」は、実はアムステルダムであるということを、あらゆる「事実」が示唆していた。
 しかし、そんなマニアックな評価よりも、日本人にとって最も受け入れやすい国というと、それはオランダではなくフランスなのだ。

 我々、サム・コーポレーションはフランスのパリ発の音楽番組をFM横浜に企画提案することにし、僕はラジオプロデューサーとしての第一歩を踏み出すことになった。

Continued

*画像はイメージです

to Episode 11

Episode 09に戻る