Episode 02
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*コラムは「交通界」様のご厚意で転載させて頂いております
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Imitation Beyond The REAL
満身創痍が魅せる輝きに惹かれて
大丸タクシーに入社する前、僕は音楽制作やラジオ番組を制作する会社で働いていたという話を前回書いたのだが、そもそもそういう業界に身を置くようになったのは、大学生の頃「演劇」に傾倒したことがきっかけだった。
と言っても「役者」を志したわけではなく、「芝居」という創作物に猛烈に興味を持ったということなのであって、劇団に入ろうと思ったわけではなく、とにかく関西圏で上演される「小劇場」ものの芝居を片っ端から観て回ったのだ。
当時、関西のローカル劇団の勢いは相当なもので、古田新太を中心にメジャーになった「劇団☆新感線」や、内藤裕敬率いる「南河内万歳一座」、さらに僕の高校の先輩である辰巳琢郎が主宰し、奇才・生瀬勝久を輩出した「劇団そとばこまち」、そしてこんな芸名で本当に大丈夫か?と思わせる紅萬子率いる「劇団男と女」など、関西の演劇シーンを牽引する劇団がいくつかあった。そして、それに続こうとする小劇団が多数あったのだ。僕は前述したメジャー劇団の芝居より、全く商業ベースに乗らないが、それでも「面白い!」と思える劇団を見つけようと、Lマガジンとかプレイガイドジャーナルなどの情報誌で告知されている公演を観まくっていた。
そんな中で、忘れがたい人との出会いがあった。「演劇舎 徳田塾」という劇団を主宰する徳田興人さんである。僕が観たのは西宮市の夙川バートンホールという観客が50〜60人くらいで満杯という小さなホールでの「ポエムシアター」と銘打ったオムニバス形式の公演だった。5分からせいぜい10分程度のショートストーリーを7〜8本という構成だったと記憶しているが、実はこれがなんとも衝撃的だった。
どう衝撃的だったか?と言うと、出てくる役者さんたちが皆「満身創痍」に見えたのだ。もちろん実際に「ケガ」をしているというのではなく、心身共にボロボロの状態で舞台に上がっているということが見てとれた。つまり、僕の感じたニュアンスを伝えられるかどうか不安なのだが、「彼らほど、演出家との壮絶な闘いを経て舞台に立っている役者たちはいないのではないか?」と思えるほど、彼らには「闘いの痕跡」があったのだ。
この劇団の役者たちは演出家によってすごく鍛えられているということは間違いなかった。この劇団に猛烈に魅力を感じた僕は、その公演後に「演出家にお会いしたい」と後先考えずに申し出たのだ。観客の捌けたホールの客席に現れたのは、先程の公演で森鴎外の「高瀬舟」を一人語りで演じた作務衣姿の50歳くらいの男性で、その人が徳田興人さんだった。
徳田さんの話を聞いて驚いたことは、前述した「劇団男と女」を立ち上げたのは、実は徳田さんだったと言うことだった。
徳田さんは劇団四季に所属する役者だったが、家庭の事情で役者を辞め、故郷の大阪でタクシードライバーとして働き始めた。タクシーに乗務するようになって1〜2年経った頃、無免許の少年が運転するトラックに追突されるという大事故に遭い重傷を負ったのだとか。その事故で入院していたとき、タクシー乗務をする中で出会った乗客との様々な出来事をモチーフにして1本の芝居を書き上げた。その作品こそが「劇団男と女」代表作とも言える「贋作タクシードライバー」と言う作品だった。「劇団男と女」では、そのタクシードライバーを徳田さん自身が演じ、女客を紅萬子さんが演じたそうだ。それからいくつかの「贋作シリーズ」を作品にしたそうだが、紅萬子さんとの考え方の相違が大きくなり、萬子さんに劇団ごと譲渡して、「男と女」からは完全に手を引いてしまったとか。で、ご自身は新しく自分の劇団を立ち上げるべく活動を続けていたのだそうだ。
その日僕が観た公演は、自ら鍛え上げた役者たちのいわば「デビュー戦」だったようで、徳田さんは「これから本格的な旗揚げ公演をやろうと思っててな。『贋作タクシードライバー』を再演しようと思ってんねん。まぁ、スタッフとかいてへんから大変やねんけどな」と笑っていた。
僕は当時まだ大学生で、卒業後もクリエイティブの仕事に就きたいと思っていたから、タクシー会社に入ることなどイメージしていなかったが、「贋作タクシードライバー」には猛烈に興味を惹かれてしまい、またも後先考えずに言ってしまった。
「その旗揚げ公演を僕たちにプロデュースさせてください!」。
この日から徳田興人さんとの長い長い付き合いが始まることになった。
Continued
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