Entame Theater




幸せのお裾分け

 第四話 遠回りですか

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*登場する人物・団体名は一部て架空です

1

 初秋の同じ日の夜。大阪市のミナミと呼ばれる地域を走っている。千日前通りを谷町方面から西に坂を下っている。ミナミのネオンに彩られた営業車がきらびやかに走る。ちょうど、千日前通りの難波交差点の手前で、老夫婦と二人の幼稚園児くらいのお子様が、手を上げてくれた。営業車を左に寄せて、ご乗車頂く。お客様は、仲の良さそうな年配夫婦と二人の男の子だ。お孫さんだろうか。
 DJの営業車は、阪神高速道路を神戸方面に走る。後席では、二人のお子様は寝息を立てている。ご主人は、疲れた様子で助手席に身体を沈めて眠られている。DJは、このお客様が乗車頂いてから、何か心に引っ掛かるモヤモヤがあった。それが何なのか一向にわからない。あれやこれやと考えている最中に、 ふと、奥様が声を掛けてきた。

 老夫婦の奥様は、静かに話した。
「運転手さん、急がなくていいわよ」
「承知しました」DJは、静かに応える。
「今日は、子供たち。この子たちの親は、結婚記念日なのよ」
「それは、おめでとうございます」
「夫婦水入らずで、過ごしているわ」
「仲のよろしいことで」
「日ごろ、仕事と子育てで大変そうだから、娘と旦那に『たまには二人の時間を持ちなさい。いくつになってもいい思い出が増えることはいいことだから』って勧めてたのよ」
「そうです。おっしゃる通りです。想い出は多いに越したことありませんから。夫婦円満の秘訣ですね」
「そういうことよね。お陰で、私たちも孫との大切な時間を頂戴したわ」
「旦那さんは、相当お疲れのようですね」DJは、助手席で寝息を立ているご主人の様子を窺がった。
「年甲斐もなく、はしゃいじゃってね。主人も孫たちも、よく寝てるし。それに、娘夫婦の二人の時間を、少しでも長く持たせてあげたいから、ゆっくり走ってください。なんでしたら遠回りしてもいいくらいよ」
「畏まりました」といっても、無遠慮に遠回りしたら料金メーターが上がるだけだ。DJは、ゆっくり走って時間調整する方を選んだ。

2

 DJは営業車を阪神高速を神戸方面へ走らせている。後部座席から老夫婦の奥様が声をかけてきた。
「この子たちの親。娘夫婦は、登山好きでね」
 DJは、静かに返事をした。
「健康的でいいご趣味ですね」
「そう、ちょうど十年前の結婚式はね、八ヶ岳のホテルで結婚式を挙げたのよ」
「ほう。いいロケーションですね。今の時期でしたら、さぞ紅葉が綺麗だったでしょうね」
「ええ、とっても。赤や黄色に色づく山々を背景に、おしゃれな山小屋風のホテルだったわ」
「そんなに素敵な場所で式をあげるなんて、いい想い出になりますよね」
「本当、天気も良くて私たちも秋の山を満喫できたわ」
 営業車は神戸の街灯りの中に紛れていく。

3

 時間をかけてご自宅までお送りした後、奥様はお孫さん達と旦那さまを起こして、支払いを済ませた。降り際に、奥様が小袋に入ったクッキーをDJに手渡した。
「運転手さんこれ。娘夫婦と孫たちが、手作りでお菓子を作ってくれたのよ。『幸せのお裾分けよ』」
 DJは両手でクッキーを頂戴した。
「ありがとうございます」頂いたクッキーを見つめながらDJは応えた。
「『幸せのお裾分け』っていい言葉ですね。感謝です!」
 その瞬間に、心の中で引っ掛かっていたモヤモヤが解消した。
「ああ!先日、幸せのお裾分けを二回も頂いた奥様だ!」と思い出したが、既に奥様は玄関の方へ歩いている。声をかけられる距離ではない。偶然の再会に不思議なご縁を感じていた。
 DJは、お客様が玄関にたどり着くのを見届けて、営業車を大阪市内へと走らせた。

4

 DJの営業車のエンジン音が離れていくころ、奥様とご主人とお孫さんが玄関に辿り着く。すると、向こうから扉が開いた。そこには、結婚十年目の三十代後半と見受けられる若い夫婦が立っていた。
 若い夫婦は「おかえり」と声を弾ませた。
 昼間と夕方に、DJのタクシーに乗り、絵画を購入した女性と額縁を購入した男性が、笑顔で立っていた。
 絵画は見事に額縁に収まってエントランスに飾られていた。木目調の品のいい額縁に、八ヶ岳の風景画が飾られている。風景画は、赤や黄色に染まる樹々が周囲の山々を装い、彩に溶け込むように味わいのある洒落たロッジが描かれている。
 老夫婦の奥様は、エントランスに新しく飾られた風景画を見て「いい画だね。この場所は、たしか、あなた達が結婚式を挙げたロッジじゃないの?」
 若い奥さんは、この風景画がここに飾られるまでの顛末を話したくてしかたない様子でいる。
「お母さん。それがねぇ、聞いて聞いて……」と声を弾ませて、この夫婦が経験した結婚十年目の記念日の出来事を話し始めた。

5

 一方、大丸タクシーの営業車のDJは、大阪市内へ夜の郊外の街を走る。郊外の住宅街と言え、街灯は少なく、道路標識も少ない。わずかな道しるべの標識も、夜の闇に紛れて見えにくい。住宅街の交差点で、ふとDJは営業車を止めた。
「帰り道がわからないよ~」どうやら郊外の住宅街あるあるで、住宅街から幹線道路への道が判らないでいるようだ。
 困って、焦って窮地に立ってしまったDJではあるが、そんなDJの適当に発した言葉が、とある家庭にひとつの幸せの連鎖を生んでいたのだ。しかし、DJはそんなことを知る由もない……。
 今日も大丸タクシーは、お客様との出会いを求めて大阪の街を走ります。次の、あなたとの奇跡の出会いに期待をしながら――。

第四話 終