Entame Theater

Episode 13



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*コラムは「交通界」様のご厚意で転載させて頂いております
*画像はイメージです

乗務員を理解しないと決めた日
背負った継承事業の重み

 1989年1月、僕が27歳の冬、祖父が創業し父や伯父たちが経営する大丸タクシーに入社することとなった。何も分からないままに出社し、総務課に配属され、納金のチェック、チケットの処理など、日次処理・月次処理の仕事に明け暮れた。


 つまらない……。

 1988年の年末までは、僕は東京のサム・コーポレーションという音楽制作とラジオ番組制作を主軸とする制作会社に在籍し、FM局むけの音楽番組のプロデューサーをしていたのだが、世の風潮に反して「完全週休1日制」だったし、午前9時から午後6時までの会社のはずが、営業先から戻るのが午後7時前、さらにそこからスタジオワークだったり、デスクワークだったりで、「お酒も飲まずに最終電車」という生活を毎日のようにしていた。今の基準に当てはめると「月間残業時間」は200時間に迫るくらいハードな仕事だったが、でもめちゃめちゃ面白かったのだ。

 僕は大学の頃に「芝居」にハマったことをきっかけにクリエイティブの仕事に興味を持ち、テレビの在阪キー局である朝日放送のチーフプロデューサーに「弟子入り」した。在学中はその師匠の下でミュージカルなどの舞台監督を務めたり、テレビの仕事に関わったりなどしていた。大学卒業後、紆余曲折あってサム・コーポレーションに入社し、FMラジオ局向けの番組のプロデューサーとして働いていた。

(ここまでの経緯は24年4月から25年3月までの『内外交差点』で書かせていただいた)

 ところが、大丸タクシーに入社してからはドキドキもワクワクもハラハラもあまりない、地味にルーティンワークを繰り返す日々になってしまった。営業職を希望しようと思ったが、営業するのはドライバーであって、営業マンではなかったのだ。「これはストレスが溜まる」と、僕は持って行き場のない焦りを感じるようになった。

 大丸タクシーは中型タクシー116両、ハイヤー5両の認可を受けた、大阪では中堅どころのタクシー会社だ。入社当時は稼働率も「動く車は全て稼働する」くらい高く、内勤の社員も多かった。修理工場もLPガススタンドも本社に併設しており、社員食堂まであった。社員数は260〜270人で、ギリギリ「中小企業」の枠内に収まっているという会社だった。サム・コーポレーションは神戸と東京にスタジオがあったが、社員数が合計で20人に満たなかったことを考えると、タクシーは事業の在り方が全く違う「労働集約産業」なのだ。

 大丸タクシーのもう一つの特徴はタクシー無線の免許を単独で保有していたことだ。日本の電波管理が非常に厳しいことはラジオ業界にいたから知っていたが、タクシー無線の協同組合で運用するケースの方が多く、自社無線を持つことはなかなか難しいということを大丸タクシーに入社して初めて知った。そして、タクシー無線を自社で運用するということは、自社の「顧客・得意先」が存在するということを意味する。それを維持するということがどれだけ大変かということを後に実感することになる。

 さらに、大丸タクシーは1947年(昭和22年)に「三輪交通」と言う自転車タクシーの会社として創業し、1950年(同25年)にタクシー事業免許を取得したと言うことで、おそらく大阪で十指に入るくらいの「老舗」なのだと知った。この会社を継承していくというのは、これはなかなかに重いことなのだという実感を入社して初めて感じたのだった。

 タクシー事業者の多くが同族経営であり、その事業を承継する「次世代」たる人は、大概一度タクシーの乗務を経験するようだ。長くその経験を積む人もいれば、1〜2年程度で終える人もいるのだろう。僕にもそういう経験が必要だったのかも知れない。
 ある日、ベテランの乗務員から「お前もタクシーに乗るんか?」と聞かれ、僕は「そうなると思います」と答えたのだが、その乗務員はシニカルな笑い顔で「1年や2年乗務員をやったからと言って、分かったような顔をされてもなぁ」と言った。

 タクシー乗務員として働いた経験を持つことは、乗務員の仕事への理解を深めることと、現場への説得力を備えるためと理解していたが、その乗務員の言い方を聞いて「意外に逆効果かも知れない」と思うようになってしまった。

 あれから37年が経過したが、結局僕は一度もタクシー乗務員として乗務していない。2種免許すら取らなかったのだ。

 僕は「乗務員経験のない運行管理者となる」と決めて、「僕は乗務員の気持ちなんて、分かりません。僕にはお客様の気持ちしか分りません」と言い切る強さを身につけようと考えたのだ。大丸タクシーでの僕の新たな人生は、こんな形で始まった。

Continued

*画像はイメージです

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